TRAMPシリーズ

沼にはある日突然嵌るのである。

TRAMPシリーズの舞台をひとあたりDVD鑑賞しました。
TRAMP(D2版のturth/Reverse)、LILIUM、Specte、グランギニョルマリーゴールド

演出家の末満さんんブロマガに掲載されている短編も読みました。
「Pendulum-ペンデュラム-」「ドナテルロ回顧録」「賊は月夜に死す」「雪の終わり春のはじまり」

配送されるまでGWも挟んだことと在庫切れもあったのでやや時間の差はあれ、ほぼ一気見といってよいのではないというほど短時間摂取したので、整理がおいつかない。

それにしても、これだけ濃厚な世界が展開されているのに、舞台としては5作品(リバースや再演はノーカウント)なのだね。10作品以上見ている気がしたんだけど、何度数えても5作品なので、ええ……となる。

以下、作品の感想です。ネタバレ含みますのでご注意ください。

 

 物語について語るとややこしくていけないので、人物について書きます。

「クラウス」
 彼については本当に謎。依然として謎。
 そもそも彼がすべてのはじまりなのかも怪しい。彼をこういう風にした何かがあるのかもしれない。少なくとも彼自身が望んでTRAMPになったわけではないというのは、台詞の端々からわかるから、存在がもうすでに絶望ともいえて、だからこの物語が絶望であるのは仕方がない。
 あと、アレンとの関係も謎。どうして彼に執心したのだろう? という部分がしっくりきていない。今を生きるアレンが眩しかったのだとしても、そんなに特別になるものなのか? 長い時間を生きてる間にアレンのような人はいなかったというほどアレンは特別? と疑問に思ってしまう。その辺がすっきりするよう、もう少しクラウスとアレンの物語を見せてほしい。
 TRAMPに同封されてる冊子では「アレンのお目付け役」になっている。作中でアレン自身も言っている。先生が生徒の面倒を見るのはわかるが、アレンに対して特別の「お目付け役」という感じでしょう? 一体誰に頼まれてそんなことに? 誰かが命じたのだとしたら、すべての元凶はその命じた人物ではないのか……と思わなくはない。
 可能性として、クラウスの側近とされているダミアン・ストーンと同格のヴァンプがいて、クラウスはそっちのヴァンプに肩入れしていて、それがアレンの子孫とか? でもだとしたらアレンの方がクラウスのお目付け役にならないと変か……。
 クラウス誕生、血の戦争あたりのお話もそろそろ一つ見てみたいな。


「アレン」
 私はD2版のTRUTHを最初に見たのでアレンは不思議ちゃん(笑
 何にもとらわれず、今を生き、そして死んでいくと言った彼は、クラウスにとって眩しい存在だったんだなというのは理解できる。
 それにしたって、メリーベルとはしっかり男女の仲で子までなしていたというのはたまげた。
 繭期って人間でいうところの思春期、即ち10代の子どもよね? メリーベルの方が何歳なのか不明だけど、おそらく同じ年ぐらいよね? 子どもが子どもを産むみたいなことでしょう。世界観的に若くしての結婚はありなのかもしれないが……うーむ。ただでさえ大変なことなのに、しかも相手が異種族って……これは大問題になりますわ。あまりよくない意味で「今しか生きていない」と言えるのではないか。
 アレンは実はダンピールなのではないかという考察を読んだんだけどそうであるなら、生きていた証を残したかった? と思わなくはないが……それにしたって、ねぇ? ちょっとこの辺の話も気になるなぁ。


「ソフィ・アンダーソン」
 Specterでクラウスとニアミスしているのがぞっとした。まだソフィは胎児としてお腹にいただけだったけど、生まれる前から出会う運命だったのかよと愕然とした。前述したとおり、私は何故クラウスがアレンにあれほど執着するのかしっくりきていないが、理由はさておき、その執着の強さを感じて……ソフィ……逃げて……となる。逃げれなかったけど。
 永遠なんていらない、与えられた命を生きる、というのはアレンの血を感じさせる。だからこそ、余計に面影を感じさせてしまったのかもと思えば辛い。
 クラナッハの遺言をはからずも叶えてしまうことや、自分の血で薬を作ることを思いつくところは、クラナッハの子って感じだね。人間であるクラナッハはイニシアチブを掌握できないから、ソフィに命じることはできなかったのに、それが届いてしまう。私はこの部分が繋がったときに、親子の絆であり、業でもある因縁を感じて悲しくなった。
 臥萬里とクランで出会うシーンは、公開順から考えて二人が血は繋がらないとはいえ叔父と甥の関係になると演者さんは知らなかった可能性が高いと思うのだが、転校生紹介のあとにソフィをじっと見つめるあの眼差しの中に、叔父としての感情を見つけることができるから不思議。あの場面はTRAMP屈指の心温まるシーンのようにも思える。
 TRAMPではそこまでウルに思い入れしているようには見えなかったのだが、時間が進みソフィの孤独が浮き彫りになっていくのに伴い、ウルへの執心も増していくのが苦しい。思えば、両親がいなくて施設で育ったダンピールの彼が、愛に満ちて生きてきたとは考えにくい。初見の時は、どうしてウルはそこまで永遠の命がほしいのか、ソフィは短命を受け入れているのにどうしてそんなに? とそっちにばかり意識が向けられていたが、短命であることを受け入れていたソフィは、生きることが希望ではないという面を、つまりとてつもない孤独を抱えていたから受け入れていたのではないか。クラウスが「いい匂いがする」というのも、私はてっきりアレンの血の匂いのことだとばかり思っていたが(それもあるのだが)、ソフィから孤独の匂いがするからというのもあるのではないか。こんな寂しい人生を永遠に生きても仕方ないじゃないか、という気持ちがあったのだとしたら、皮肉にも永遠を手に入れてしまったソフィが、この孤独が永遠に続くなんて耐えられないと、徐々に自分の人生の中で自分を気にかけてくれた相手としてウルを強く求めるようになったのは理解できる。でも、求めるようになったときにはウルは存在しない……。
 ソフィの強さ、真っすぐさ、潔白さは、いつか終わりがあるから、だからそれまでは頑張ろうという思いが根底にあったのだとしたら、壊れていくのも無理はない。
 寂しい。寂しい。寂しい……ずっと寂しかった彼は、永遠を手にしたことでそこから目を背けるすべを失い、認めてしまった。認めたことで耐えられなくなった。
 枯れない花が何故少女だったのか。あのクランには少年もいたし、メタ的な事情としてLILIUMはハロプロがするというので役柄も少女中心にならざるをえなかった面はあるにせよ、ソフィにとってウルは特別であり、ウルがほしいけど、ウルが手に入らないのがわかっているから、どれほど枯れない花を作ってもウルではないから、絶望しきってしまわないように、最初から性別というところで別の少女を選んだと思えば余計にしんどい。本能の部分で、もうウルはいないということを、少年ではなく少女を永遠にするというところで無意識に表しているとか、、、うえぇぇぇ。
 時系列的にはマリーゴールド→LILIUMなわけだが、マリーゴールドをクランに連れてきた時点でリリーとスノウはもういるんだっけ? それによっても変わってくるんだけど、とりあえずマリーゴールドのときのソフィが一番精神状態ヤバいなって思う。ウルごっこはダメだろ。マリーゴールド親子を引き離させるときの愉快そうな笑みもアウトでしょ。この時のソフィは、孤独でないものに対しての憎悪が半端ない。孤独で、寂しくてたまらなくて、ウルごっこまでしちゃって、誤魔化そうとしてるけど、誤魔化せなくて、外側に向かう憎悪のむごさ。でも、それでも私はソフィを憎めないから辛い。
 リリーとスノウが不老になったことで、精神が落ち着いたのだとしたら、そして憎悪を外側に向けなくなったのだとしたら、二人には酷い真似をしているが、ソフィのことを考えれば二人はよすがだった。
 クラウスとの再会を願うが、リリーと再会してほしい。そのとき、どうなるのか、どんな物語が展開されるのか。


「ウル・デリコ」
 ソフィのところでも書いたが、TRAMPを最初に見た時、どうしてウルはそんなに死に怯えているのかがわからなくて、うーん、となり世界観に入り込めなかったのだ。死ぬのは怖いけどそんなに? 同じダンピールのソフィは受け入れてるのに? とそこで比べてしまいどうにも腑に落ちないというか……。しかしこれがイニシアチブの呪いだと知り、それがきっかけで私はこのシリーズに嵌ってしまったのです。
 愛されるという意味では、ウルはすごく愛されていた。父親に呪いをかけられてはいるが、母親、フリーダ様、ダリ様、ラファエロ、みんなウルを大事に思っている。作中屈指の愛されている人物であるように思えるが、とてつもなく不幸なのである。そんなことって……。
 COCOONを見たらまた変わってきそうなので、ひとまずここまで。


 

ここまで書いてちょっと力尽きたので、また追記します。